第4章: Rustのメモリ管理と所有権

Rustの大きな特徴のひとつが、「所有権(Ownership)」という概念です。所有権は、Rustがプログラムのメモリ管理を行う上での独自の仕組みであり、これによりプログラマーが手動でメモリを管理する必要がほとんどなくなるだけでなく、プログラムのパフォーマンスを損なうことなくメモリの安全性が確保されます。

所有権の概念を理解することは、Rustを学ぶ上で非常に重要です。ここでは、Rustの所有権システムについて詳しく見ていきましょう。

4.1 所有権の基本

Rustでは、値(データ)には必ず「所有者(Owner)」が存在します。この所有者は変数であり、特定のスコープ内でその変数が所有するデータを操作します。Rustの所有権には以下のルールがあります。

  1. 各値には所有者がひとつだけ存在する
    ある変数がある値の所有者になった場合、他の変数はその値の所有者にはなれません。値を使用するには、所有権がある変数を通じてアクセスする必要があります。
  2. 所有者がスコープから外れると、その値は破棄される
    Rustでは、スコープが終了する(変数が定義されたブロックから抜ける)と、変数は自動的にメモリから解放されます。これは、Rustのメモリ安全性を保証する仕組みのひとつです。

例えば、以下のコードを見てください。

{
let s = String::from("Hello, Rust!"); // `s`が`Hello, Rust!`の所有者
println!("{}", s); // `s`を使って値にアクセス
} // このスコープが終了すると、`s`とその値もメモリから解放される

このように、sという変数がHello, Rust!という文字列の所有者となり、スコープが終了するとともに自動でメモリが解放されます。この解放を自動的に行うことで、Rustはメモリリークを防ぎます。

4.2 所有権とムーブ(移動)

Rustでは、ある変数の所有権が別の変数に渡されると、元の変数はそのデータにアクセスできなくなります。これをムーブ(Move)と呼びます。ムーブにより、所有権が一箇所に集中し、データ競合やメモリリークを防ぎます。

let s1 = String::from("Hello");
let s2 = s1; // `s1`から`s2`へ所有権がムーブされる

// ここで`s1`を使おうとするとコンパイルエラー
println!("{}", s1); // エラー: 値は`s2`にムーブされたため`s1`は無効

このように、s1の所有権がs2にムーブされると、s1は無効になります。このメカニズムにより、Rustは一度に一つの変数のみが特定のデータを扱えることを保証します。

4.3 借用(Borrowing)と参照

所有権をムーブするのではなく、値を**借用(Borrowing)**する方法もあります。借用は、値の所有権を移動させずに他の変数からその値にアクセスするための方法です。Rustでは、借用には2種類あります。

  1. 不変借用(Immutable Borrowing)
    不変借用は、値を読み取るだけで変更しない場合に使用します。不変借用は複数の変数が同時に行えます。
  2. 可変借用(Mutable Borrowing)
    可変借用は、値を変更する必要がある場合に使用します。ただし、可変借用は同時に一つの変数だけが行えます。

以下は、不変借用と可変借用の例です。

// 不変借用
let s1 = String::from("Hello, Rust!");
let s2 = &s1; // s1を不変借用
println!("{}", s2); // s1を使わずにs2から値を読み取る

// 可変借用
let mut s3 = String::from("Hello");
let s4 = &mut s3; // s3を可変借用
s4.push_str(", Rust!"); // s4を通じてs3の値を変更
println!("{}", s3); // "Hello, Rust!"

Rustの借用ルールにより、同時に複数の可変参照が存在することはできません。これにより、データ競合を防ぎ、スレッドセーフなコードが保証されます。

4.4 ライフタイムと参照の有効範囲

Rustのライフタイム(Lifetime)とは、変数や参照が有効である期間のことを指します。Rustコンパイラはライフタイムを通して所有権の追跡を行い、メモリの安全性を確保します。

例えば、借用した変数のスコープが元の変数より長い場合、Rustコンパイラはエラーを発生させます。これは、借用している値が解放されたあとに参照を使うことを防ぐためです。

次の例を見てください。

fn main() {
let r;
{
let x = 5;
r = &x; // xの参照を借用
} // xがスコープを抜けて無効になる
println!("{}", r); // エラー: xの参照を使用しようとしている
}

この例では、xのスコープが終了した後でその参照rを使おうとしているため、コンパイルエラーが発生します。Rustはライフタイムを追跡することで、無効な参照が使用されることを防ぎます。

4.5 明示的なライフタイム注釈

Rustでは、関数が複数の参照を受け取る場合や、参照を返す場合には、ライフタイムを明示的に指定することが必要になることがあります。これを**ライフタイム注釈(Lifetime Annotations)**といいます。

次のようにライフタイム注釈を使うことで、コンパイラに参照の有効期間を教えることができます。

fn longest<'a>(x: &'a str, y: &'a str) -> &'a str {
if x.len() > y.len() {
x
} else {
y
}
}

この例では、'aというライフタイム注釈を用いて、xyのライフタイムが同じであることを示しています。この注釈により、コンパイラは返される参照が元の参照と同じライフタイムであることを保証します。

まとめ

Rustの所有権と借用の仕組み、そしてライフタイムの概念は、Rustのメモリ安全性を実現するための重要な要素です。所有権があるため、Rustではガベージコレクションのような仕組みがなくてもメモリ管理が行われ、ライフタイムによって参照の有効期間が適切に管理されます。この章を通して学んだ内容は、Rustの特性を理解し、安全で効率的なプログラムを作成するための基盤となります。


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